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しがない学生の雑記

吐けども吐けども毒を吐く。

良い授業、悪い授業を考える

お勉強 日常ネタ 雑記

学生の身分でこんなこと書くのは多分よろしくないんだと思うんですが、それでも書きたくなってしまったので書きます。それぐらいに後期の授業はろくでもないものと素晴らしいものとに二分していたんです。

 

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この記事のお陰で統計解析を取ることをきめました!ありがとう

2014/10/08 20:09


この記事のお陰で統計解析を取ることをきめました!ありがとう - zyusou のコメント / はてなブックマーク

 

こんな記事を読んだおかげで今期は統計学を受講しました*1。分かりやすいんだけど課題や内容が盛り沢山すぎると噂の某先生が開講なさっていて、課題などを嫌がった学生が多かったからか受講した学生は結構限られていました。

とはいえ、噂通り内容はとても充実したもので、統計分野を俯瞰しそれに準ずる実際の事例(バスタブ曲線など)をおりまぜて講義を行い、それでいて統計学の負の側面(というよりも先生が怪しいと思っている統計学の側面)まで教えるという、それはそれは完璧な授業でした。

 

 

逆にろくでもない授業というものは製品開発を行う授業でした。座学というよりは実習に近い授業でしたので、先述した統計学と比較するのはおかしいのかもしれませんが、そもそも指導教員たちが何を教えたいのか分からなかったり、経験は力になるとか言う割に専門分野と全く関係のない製品開発をさせたり、先週行ったことと今週言ったことが全然違かったり、物理的、予算的に不可能なことをためらいなく進言してきたりと、まぁ不満を言い出したらキリがないぐらいにあるんですが、あまり書くと特定されかねないのでこの辺りでやめておきます。

 

 

そんな授業を終えて、ふと良い授業、悪い授業とは何なのか考えてみたくなりました。ここでいう良い授業とは、学生の役に立つ授業であって、学生が楽な授業ではないので悪しからず。

 

とりあえず、箇条書きにしてみようと思ったんですが、結局落ち着くところってこれしか出てきませんでした。我ながらひどい。

 

  1. 分かりやすい授業
  2. 面白い授業

 

とりあえず、見ていくことにします。

 

まず第一に、分かりやすい授業。そりゃそうだよ。これって結局は身につきやすく噛み砕いてくれているか、ということにもつながると思います。噛み砕ける先生、というと大体の場合は噛み砕けるぐらいの知識を持っている先生ということになるわけで、そうなると先生方の知識量にも依存している、とも考えられますね。

 

また、身近な事例に置き換えて話してくれる授業もとてもわかりやすいです。個人的なことなのかもしれませんが、私は「これをどこで使う」が分からないと頭に入って来ない人なので、プログラミングはじめてすぐの頃はオブジェクト指向とかが全然頭に入ってきませんでした*2。なので、学生目線まで目線を下げて、そこから見える風景の中で知っていそうなものやことに例えて教えてくれる授業って本当に好きです。凄く分かりやすい。

 

 

第二に面白い授業というのも良い授業の条件に入ると思います。ここで言う面白い授業というのは、学んでいることが面白いと思える授業のことです。如何に学んでいる内容が面白いことなのかを教えてくれる先生の授業というのは、それを聞いてると受講して良かったなぁと思うのです。*3

 

たまに教員が面白おかしいことを言うから良い授業とか言う人がいますが、それは後で同窓会で話すネタになるぐらいであって、おそらく生きていて役に立つということはないでしょう。でも、多少のユーモアを仕込んだ授業というのは、教室が柔らかくなるというか、雰囲気が良くなってとても聴きやすくなりますから、それはそれでありなのかもしれません。雑談ばかりで内容がないのも問題ですけど。

 

 

とまぁ何となく書いてみたんですが、これってよく見ると上手いプレゼンと似ている気がするんですよね。都合よく抜き出すならば、言いたいことを噛み砕いて分かりやすくしていて、それでいて時々ユーモアも交えるんですから、ますますプレゼンっぽくなります。

 

実はこれも都合が良い解釈なんですが、私が面白いと思う授業をしている先生って、大体毎回授業準備をしているんです。今回受講した統計学の先生も、大雪で授業の開始が遅れた時に「私も準備が微妙だから今日は後半一時間だけやりますね」と言ってその場でノートなりプリントなりを見ながらすごい準備をしているんですよ。他にも国語の先生とかは、毎回読み応えのあるプリント準備してきたり、前提知識がなくとも分かりやすいように授業に「説明回」みたいなものがあったりと、先生側で流れを作りきってから授業していました。

 

ここで思ったんですが、良い授業はプレゼンと同様に、教員側の綿密な準備によって成り立っているんではないのでしょうか。

 

その場で教科書開いて今日はこのへんまでやろうかな?とかいう先生と、授業時間を小分けして何分までにここまで終わらせる、などと考えて授業に臨む先生とじゃ、後者のほうが良い授業をしそうなのは明らかですよね。

 

となると、結局は、プレゼンにしろ授業にしろ、人に何かを伝えるにはそれなりの準備が必要不可欠であって、それを怠るとろくでもない聞いててわからないつまらない時間になってしまう、と考える事が出来ます。

 

 

なんというか、結論はありきたりで分かりきったものになった気がしますが、それでもやはり大切なことなんでしょう。

 

そういえば来週は学科内で研究の中間発表を行いますが、その準備もせずにブログを書いている私はさぞかしわからないつまらないプレゼンをすると思います。

 

まぁいいよね。先生方みたいにそれでお金もらうわけでもないんだし。

 

 

プレゼンテーションZENデザイン

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でかいプレゼン 高橋メソッドの本

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 その点高橋メソッドって準備時間に対するわかり易さがすごいなぁと感じます。外部発表とかやれないのが残念ですが。

*1:今この記事見直すとどれだけぶっ飛んだこと言ってるかわかりますね。中心極限定理の偉大さも実感できます

*2:今でも使いこなせないので、頭に入っているとは思えない

*3:内容については好みがあると思うので、これは必須というわけでもないんでしょうけどね。